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入り口 > 作品群 果糖に記して 割り当てられた担当から抜け出して宿に戻ると、兼業されている酒場に先客を見つける。 テーブル席に座っていたクラウドは、アタシを見るなりこう言った。 「どうしてお前がここにいるんだ」 あきれた顔をしていたので、理由は検討ついているらしかったけど。 「だってさー、道具と食糧の補充って言ったって種類あんまりないから選ぶの飽きたー。ティファに任せとけば大丈夫大丈夫。荷物はケット・シーがいれば楽勝だし。とゆーわけで、やる気の充電しに来たわけ。クラウドも?」 「こっちはちゃんとした休憩だ」 「つまんなー」 カウンターで注文を受け取り、クラウドの向かいの席に腰を下ろす。 飲み物と一緒に食べようとかばんからフルーツバーを取り出すと、クラウドがそれを怪訝な表情で見ているのに気づいた。 「何?」 「盗んでないよな?」 「はぁ?」 こっちに来る時に頂いてきたと思ったなコイツ。 「しっつれいなこと言うなよなー! 言っとくけど、これは、ちゃーんと前のとこで買ってるから〜」 パッケージから中身を出してクラウドと自分の間にかざすと、正当性を見せつけながら大口で頬張る。 多分、一本の三分の二位まで一気に口の中に入ったと思う。 さすがにちょっと、入れすぎたかも。 「んー……」 人のことを泥棒みたいな言い方したクラウドに色々言ってやりたいのに、口いっぱいすぎて話せなくなっちゃたんだけど。 だからって一回口に入れちゃった物を出すわけにもいかないし。 とりあえず、はみ出ないよう押さえて何とかもごもごと両頬にかみ分けよう。 入っている量が減ったわけじゃないけど、よーし少しだけ口の中が楽になった。 これでクラウドに文句が言える。 押さえる手をどけ、不思議そうにアタシの動きを見ていたクラウドをにらみつける。 見合って1秒足らず。 今度はクラウドが鼻から下を隠すように手を当てて、視線をずらした。 笑っ、てる――? クラウドもそれをごまかすつもりで顔を背けたんだと思うけど、真正面で向き合っていたアタシには、見逃すことができなかった。 いつも氷みたいに冷たーい色してる目を柔らかく細めて、不機嫌そうに結んでばっかの口元を緩やかにほころばせた、「笑み」以外表す言葉の見つからないクラウドの姿を。 頭にあるクラウドの笑い方って言ったら、大抵皮肉っぽくて、たまーにエアリスやティファに合わせて微笑んでるのを見たけた位。 とにかく、今回みたいに「笑ってしまってそれをこらえようとしているクラウド」の姿は、出会ってから一度も見たことなんてなかった。 まゆだけ困ったように下がっていたから、アタシがあっけに取られているのと同じで、クラウドもここで笑う予定はなかったっぽいけど―― そんなことをぼんやりと巡らせながら、にらむのも忘れてまばたいていると、こちらをうかがってかすかに顔を傾けたクラウドと再び目が合う。 クラウドは、控え目だけど「く」と笑いをかみ殺す声付きでまたアタシから顔を背けた。 「頼むから、それを食べ終えるまでこっちを向かないでくれるか……”ムー”を思い出す」 誰もいない空間に吐き出される言葉。 珍しすぎるクラウドの様子に気を取られていたアタシは、そこまで言われて初めて、自分がそんなクラウドの原因を作っていたことを理解した。 「――!」 全速力でクラウドと逆方向にうつむくと、両手で頬ごと口元を覆う。 一気に顔に血が上って来て、重ねた手が頬の熱を感じた。 アタシは、頬袋一杯に木の実を詰めたげっ歯類モンスターみたいな顔で凄むなんていう、マヌケなことをしていたみたいだった。 しかもその度合いは、基本無表情のクラウドを笑わせてしまうだけのもの。 二回目なんてもう、にらんでないのに笑われてた気がする。 お、思い出し笑いする位なのかよ! できるなら、とにかく何でもいいから叫んで、クラウドに原因を全部押しつけて、アタシがどんな顔をしてたのか紛らわしてしまいたかった。 けど……笑うクラウドに皮肉っぽさを感じられないだけで、ここまで自分が対抗心を燃やせない方だったなんて思いもしなかった。 これならまだ、「色気がないな」って引かれたり、上から目線で鼻で笑われた方が何百倍もましだった。 外に向かって散らせなかったら、恥ずかしい気持ちで一杯になる以外にどーしろってゆーんだよ。 食べた生地には何種類か果物が入っていたのに、味わう余裕なんて全然なくて。 早くなくなれその一心で、必死にどの果物かも分からない甘さと恥ずかしさを必死にかみしめ続けた。 ――クラウドの前で食べ物をめいっぱい頬張るのは、もう絶対辞めよう。 *〜「望めるならわがままを」のユフィ版、ユフィがクラウドを気にするとっかかりのお話のつもりで書きました。〜* ―2007年7月4日― |
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