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扉の向こう側


 眼前わずか数センチ先には天使の寝顔。
つかんだ現実と共に眠りについて、翌朝目覚めて最初に見た物は、あまりにも非現実的な光景だった。

 かすかに聞こえる規則正しい寝息。
目の前にあるのは、規則もへったくれもない現実。

 せっかく真実を取り戻したばかりだというのに、また混乱のどん底に叩き落された気分。
必死に現実をたぐる頭がつかんだのは疑問。
『何故、ユフィが”ここ”にいるのか』
 まとわりついていた睡魔は、無常なまでに一気に消えうせた。

 恐る恐る寝具をめくって、彼女の寝間着を確認して一息ついたのもつかの間。
 ぱちり。
閉じられていた彼女の両目が開く。
定まらない視線のまま彼女は「クラウド?」とつぶやく。
めをゆっくりと開きながら「クラ、ウド?」と今度はやけにはっきりした声で言う。
 刹那。
「ええええええええ!」
その口から上がる叫び声。
「さ、叫ぶな!」
 彼女よりはわずかに、ほんのわずかに現実に直面していたクラウドはとっさに彼女の口を手でふさぐ。
手の平のしたでなみだ目でうなるユフィ。
正直、こっちも泣きたい気持ちだった。
 ユフィが静かになったのを確認して手を離す。
自由になったユフィは、クラウドと距離をとるようにできるだけベッドの端に寄った。
「ちょ、なんでクラウドがここにいるのさ」
「それはこっちが聞きたいんだが」
 復帰早々こんな厄介ごとはやめてくれと言いたい。
「だってここはアタシの部屋……」
「こんな殺風景な部屋がか?」
 適度に片付けられてはいるが人気のない無機質な室内に目をやりながら尋ねる。
 ユフィはゆっくり瞬きながらぐるりと見回し「間違えた」と肩を落とした。
 少なくともクラウドの記憶には、人の部屋に無遠慮に入ってくる彼女の姿はあっても、寝る時間になって間違えている姿はない。
それとも、自分が魔晄中毒になっている間に、彼女は寝場所を間違える癖でもついたのだろうか。
 そう考えながら、ふと部屋の扉に目が行く。
銀灰色の重々しい扉の真ん中の、ちょうど人が前に立った辺りの高さには四角い突起があって、そこには数字のパネルがある。
最新鋭飛空艇の個室には、電子ロックがついていても不思議ではない。
 一番の不思議は――
「ユフィ」
「な、何!」
 いずまいを直して彼女の方を向くと、身構えられる。
「どうしてお前が俺の部屋の入り方を知ってるんだ? 昨日確かにロックして寝たはずなんだが。お前に解除コードを言った覚えはないんだが」
「クラウドがいない間時々こっちの部屋で寝てたから、番号ぐらい知ってるよ」
「お前の部屋があるだろ」
「だってさ!」
 声を荒げたことに気づいてユフィは視線をさまよわせたが、続きを言うと決めたらしかった。
「隣のティファもいないから離れた場所にアタシだけがぽつーんといてたら淋しいっつーの! 悪い?」
 ひざまでかかった寝具を握り締めて、開き直るユフィ。
 理由の幼さにクラウドは思わず苦笑する。
「それで、間違えたって言ってたのか」
「う、うん」
「人が寝てるのに、変だと思わなかったのか?」
「眠かったし、電気消えてたからわかんなかったんだよ。く、癖って怖いね〜」
「本当にな」
 目覚めた時の衝撃を思い出しながら答える。
「ていうか! クラウドもアタシが間違って入って来た時に気づいて教えてくれてもよかったのに」
「昨日は本当に疲れて寝てたのにそこまで気づけるわけないだろ。むしろお前がいたせいで窮屈だったのか疲れが抜けてない……」
 クラウドはそう言うと、首を左右に動かしてほぐす。
 ユフィにはそれがどこか気に食わないらしかった。
「へ〜、クラウドはアタシと一緒に寝てたくせに寝心地悪かったとかいうわけ」
 ユフィは起こしていた体をぽてっと倒すと、クラウドにも寝転がれといわんばかりに彼との間を手でばんばん叩いて示す。
「ほら、全然よゆ〜あるじゃん!」  クラウドが指示に従うと、ユフィはしたり顔で満足げに笑っている。
「相手がいると分かってて寝てるのと、勝手に入ってこられるのは別物なんだが……」
 あきれてすぐ起き上がる気にもなれず、疲れたつぶやきをこぼす。
 起きがけの騒動もどこ吹く風で、ユフィはただ笑うだけ。
それどころか、持ち前の順応能力で「二度寝しよかな〜」などとのんきなことを言い始めた。
 二度寝と起床の狭間で迷いながら緩やかにまたたくとろんとした彼女の顔を直視することになったクラウドの方はたまったものじゃなかった。
 危険な衝動の前触れを感じて、慌てて身を起こして床に足をつける。
「バカなこと言ってないで、誰かに気づかれる前に早く自分の部屋に戻れ」
 クラウドの言葉で現実に戻ったらしいユフィは、閉じかけていた目を開き直して「……そ、そうする」とこくりとうなづいた。
 ベッドから下りてまっすぐ扉の前に進んだユフィだったが、なぜかそのまま立ち止まっている。
「ユフィ?」
「どーしよ、だんだんみんな起きてきたっぽいんだけど」
 振り向いたユフィの顔は、ひきつった笑み。
 それを聞いたクラウドも戸の前に立って、外に意識を集中する。
ブランク明けの精神とはいえ歴戦を経た身、分厚い鉄の向こう、わずかだが確かに人の気配を感じ取ることができた。
「クラウドがさっさと戻れって言ってくれたらよかったのに!」
「お前が間違って入って来なかったらよかったんだろ!」
 気持ち声を殺して、二人は責任をなすりつけあう。

 彼らに残された最大の問題は、外を直接確認しようがないこの状況の中、お互いどうやって部屋を出ていくかということだった。



*〜2006/9/22 0:16で保存されていたデータよりアップ。クラウド復帰直後設定。小説と一緒に残っていた当時の後書き「バカップル話になりましたね。」深夜パワー全快でネタ思いついたままに書いたものと思われます(恥)。〜*
―2008年12月3日―


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